Speech arguments for ESSAY
Thinking of learning as a system
2、柔軟な思考、または可能な多様性からの選択
(慣習にとらわれた思考を排除する)
Flexibility, capacity to choose
3、問題解決志向 (研究の「現実離れ」を防ぐ)
Problem solving skills, relevant research- real world
4、一般化への志向(名人芸の秘密を万人に共有する)
Easier to spread information to many people.
5、実証的、帰納的思考(データをもって理論化する)
Logical thinking, using evidence
Cold machines, without any compassion; how
do we use such machines?
教育工学では、テクノロジーを教育に応用することに加えて、テクノロジー(問題解決過程)として学校教育を見直す視点を模索してきた。この営みを突き詰めていくと、学校というところは、どんな問題を解決する所なのか、という根本問題に達する。学校教育は何をなすべきか(目的)を不明確にしておいて、それをどうなすべきか(方法)は明確に提案できないからである。
学校にはさまざまな社会的機能がある。親を育児労働から開放し、生産労働に専念できる時間をつくる「託児機能」。国家や企業が求めている優秀な人材を広く集める「選抜機能」。社会にでて周りにあまり迷惑をかけない大人にしつけるための「社会化機能」。積極的にそれを目指すかどうかはともかくとして、学校教育に期待されている役割は色々ある。具体的に行う営みとしては、「授業」が中心となるわけだが、何を目指しての営みとしてそれを再点検し、見直していくかで、結論はずいぶん違ったものになるはずだ。
これまでの教育工学の成果から我々が提案できるモデルは、訓練のために(あるいは洗脳のために)用いることが容易なものだと思う。文字を覚えさせたり、科学に興味を持たせたり、環境問題に関心を持たせたり、論理的な手順を身に付けさせたり、すべてが学校教育で扱われる訓練である。しかし、それらの効率的な達成のみが学校教育の目的ではない。だからといって、それらをやらないで学校は成り立たないし、現実に文字が覚えられない子どもに頼まれたときに効果的に文字を覚える術を教えられないのも困る。教育工学、あるいは授業設計論を学ぶ当面の目標は、「訓練が効果的にできる教師になる」ことなのかもしれない。
「(灰谷)私達教師は子供にものを教える、子供に文字を教える、あるいは子供に数字を教える。しかし、ほんとうは文字の向こうにある人間を私達は教えているんだということ、共に考えているんだということを忘れてはならないわけです。 ! 」
ここでは、教育用タブレットのデメリット・危険性について考えてみます。
ゲームや学習に関係の無いウェブサイトにアクセスしてしまう。
SNSにアクセスし、悪意を持った大人と接点を持ってしまう。
紙の教科書、問題集へのなじみが薄くなる。
タブレット端末購入によって費用負担が大きくなる。
などのデメリットが考えられます。
教育用タブレットの最大のメリットは、「楽しく勉強できる」ことでした。
紙の教科書では不可能な視覚効果を使ったりして、タブレットでは子供が楽しく、興味・集中を保ちながら学習を進めることができます。
が、子供は「タブレットでもっと楽しいことが出来る」ことを知っています。
つまり、ゲームや学習に関係のないウェブサイトへのアクセスです。
大人でさえ、電車の中でスマホゲームに没頭する時代です。いわんや、子供をや、です。
授業中に、机の下で隠れてゲームボーイやニンテンドーDSなどのゲーム端末でゲームを、こっそりとやる生徒は必ずいました。
教育用タブレットを与えれば、机の上に出しながら、堂々とゲームが出来る、そういう可能性も有るわけです。
自宅での学習も同じです。勉強机でタブレットを出し、勉強をしていると見せかけて、ゲームをしている。
もちろん、アクセス制限や機能制限をタブレット端末にかけることによって、このような危険性を回避することは出来ます。
しかし、それには限界があります。その理由については後述します。
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